英語アレルギーだったの 第11話

しばらくぶりのこのシリーズでございます。待っていてくださる方、本当にごめんなさい。では始めましょう。

前話までのお話

第1話 出だしでつまづいた!
第2話 どこへ行っても英語がつきまとう
第3話 怖いもの知らずって怖い
第4話 とんでもないとこにきちゃったかも
第5話 右も左もわからない
第6話 必死で生き残る!
第7話 さよなら英語
第8話 多読との出会い
第9話 英語を前から読む
第10話 辞書を引かずにどうやって語彙が増える?

第11話 発音はどうやって練習したか

英語が超苦手だった私。読むこと、聞くことに対しては、抵抗なくなった。

思い出したくない学生時代 ひどい発音だった

ところで私には思い出したくない過去がある(笑)それは、高校の英語の授業でのこと。先生が授業中に教科書を音読しなさい、といって指名するじゃない?私はいつも、あたらないように祈っていた。でもやっぱり何度か指名され・・・。起立して音読。

当時私の音読がどんな按配だったかというと、一語一語詰まって読んでいた。もちろんカタカナ読みで。めちゃくちゃ遅い。先生も内心「あ~もういいから。」と言いたかったはず。「ちゃんと練習するように。」と言われた。

そんなこともあり、私はその後もずっと音読が苦手なままだった。話すときは、かろうじてカタカナ英語ではなくなっていたのだが、本を手にするとカチカチになってしまって、読めない(笑)。

発音を変えるきっかけになった出来事 シャドーイングとの出会い

あるとき雑誌の企画で、多読で有名な酒井先生に、シャドーイングの指導をしていただけることになった。シャドーイングとは、英語の音声のあとに影のようについて真似をしていく方法。これで発音を矯正できるという。

まず第1回目、先生に発音を聞いていただいた。「発音がきれいすぎる」というコメントをいただいた。ネイティブの人はそんなにはっきりくっきりは発音しないとのこと。その指摘を受けて「うーん、日本語ネイティブが話す日本語もそうだなぁ」と思った。

第1回目の指導で、いくつかシャドーイングに使う音声の課題を与えられ、とにかく必死でその音声でシャドーイングの練習をした。そして約1ヶ月後、私の発音は生まれ変わった。自分でも変化に気づくほど。

私流「ながら」の誕生 「ながらシャドーイング」

その後もひたすらシャドーイングした。毎日毎日、1時間以上はしただろうか。私は「ながらシャドーイング」(←私が命名)ばかり。「ながらシャドーイング」とは、何かしながらシャドーイングをすることをいう。たとえば私の場合、食事の支度をしながら、後片付けをしながら、掃除をしながら、車の運転をしながら、お化粧をしながら、歩きながら・・・。

「ながら」だと、忙しくても平気。むしろシャドーイングは何かしながらのほうが効果的だとすら感じる。なぜなら、発音の矯正をするのであれば、実はシャドーイングの音声に集中しないほうがいいからである。何を言っているかわからないほうがいい。ただ真似をするだけ。何を言っているかわかると、自分のくせのある発音(カタカナ英語など)に無意識に変換されてしまうから。

何を言ってるかわからないけど、耳に入ってくる「音」をそのまま口から出すという訓練を初めのうちはやったほうがいい。ところがこれが実は難しい。わからない音を口から出す、ということに、大人は慣れていないから。これが言葉のまだわからない子供ならどうだろう。

子供になりきる 難しい理屈は一切抜きに

そう、言葉のわからない子供になっちゃえばいい。

多分、はじめのうちはまったく英語に聞こえないかもしれない。でもしつこくやっているうちに、英語独特の音を発することができるようになる。それは日本語では表記できない音。それが自分の中にたくさんたくさん溜まっていく。

大分慣れてきた頃に、聞いても意味がわかるほどのスピードの音声を聞いてシャドーイングしてみると、もう自分の癖は抜けているはず。だめだったら、また速いスピードの音声に戻って練習してみるといい。

とてもついていけないような、実際ついていけてない音声でのシャドーイング。これをしているときって、はっきり言って傍から見ていると馬鹿みたい。「もごもごシャドーイング」と酒井先生はおっしゃいます。

「もごもごシャドーイング」を馬鹿にしてはいけない。これがすごいんだから。

それからしばらく後、私は英語の本を音読してみた。「うん、前よりはましかな」という程度。でもそれがうれしくて、毎日のように音読をしている。今も。

本物の力を手に入れたければ、すぐに成果を求めない 楽しもう!

今ではかなりのスピードで読めるようになった。しかも私の頭の中には、ネイティブの人の声が勝手に聞こえるようになっている。初めて開く本で、音声など聞いたことがない本でも。

その声と一緒に、音読する。とても気持ちがいいし楽しい。「これだけやったのだからこれだけの成果が欲しい」などと欲張らず、今を楽しむべきだと思う。本物の力はそう易々とは手に入らないのだから。

音読 ゆるく長く続けたい

私は10ヶ月の子供に、英語の絵本や、自分が読んでいる本も音読して聞かせている。子供はどう思っているかは知らない。妊娠中もずっと音読していたから、きっとお腹の中でも聞いていたはず。英語を音読していると、ときどき安心したような顔をする。気のせいか?

いやきっと妊娠中、英語の本を開いて音読しているときというのは、私の精神状態が安定していて、リラックスしていたから、子供もなんとなく安心するのかもしれない。

私は子供に英語教育をしようとは思っていない。でも子供と一緒に洋書を読んで、洋書の話ができたら楽しいだろうなとは思う。

たまに子供に英語で語りかけるときもある。これは自分の練習のためだけど。私が楽しければ、子供も楽しんでくれるかな、ぐらいの気持ちでいる。

続く

いかがでしたでしょうか。そろそろこのシリーズもおしまいに近づいてきました。次は最終回として、私の英語に対する考え方と、これからの英語とのお付き合いについて書こうと思います。おたのしみに。

次回の英語アレルギーだったの最終回、第12話はlink英語で何をする?です。